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医療技術専門家派遣プロジェクトの専任臨床工学技士として
知多市民病院 臨床工学室
○北野 達也
(はじめに)1986年4月26日午前1時23分に旧ソ連チェルノブイリ原発4号炉で事故が発生し、放射能がウクライナ、ベラルーシ、ロシアの3国を襲った。牧草汚染、病院・診療所設備破壊、小児の甲状腺ガン、免疫低下による感染症、貧血等の血液疾患の激増のほか医療機器、診療材料などの不足事態を抱えている。今回もNPO法人より依頼あり、ジトーミル州立小児病院、ジトーミル市立小児病院、ブルシロフ地区病院等において医療機器の状況調査、呼吸療法全般、麻酔管理についての臨床技術指導、講義、医療機器の保守・点検、修理を行った。
(今後の展望)生命維持装置の操作、保守管理を行うことのできる日本の臨床工学技士は注目されており、このことは「臨床工学技士」の将来に弾みをつけるものと思われる。国際医療協力活動において我々「臨床工学技士」として何ができるのか・・・。ではなく、人として何ができるか・・・。」が重要であり、それを成し遂げたとき、その結果として臨床工学技士の存在が認められ、我々、「臨床工学技士」の必要性が一層高まると言える。(21世紀の臨床工学技士に望むこと)文部科学省では2002年に新カリキュラムによる授業を取り入れ、学校教育法が変わろうとしている。当然のことながら臨床工学技士も医学教育改革について取り組まなければならない。教育機関、教育カリキュラム、試験方法等の見直しは文部科学省、厚生労働省が変えていくのではなく、現任者が改革していかなければならず、中でも20代、30代の方々に掛かっていると言っても過言ではない。
最後に「臨床工学技士」一人一人が地道に努力され、今後の医療改革、チーム医療の担い手として活躍されることを願っている。